卓球の元世界選手権王者、長谷川信彦さんが7日、群馬県桐生市川内町の自宅裏の山林で、倒木の下敷きになり死亡した。58歳だった。
長谷川さんは7日午前8時半ごろ、自らが整備していたランニングコース近くの雑木を伐採するため外出。しかし帰宅が遅いことを心配した家族が捜したところ、同10時半ごろに、直径約30センチ、高さ10メートル以上の大木の下敷きになっている長谷川さんを発見し、119番通報。病院に搬送されたが胸を強打するなどしており、間もなく死亡。死因は窒息死だった。事故現場にはノコギリで大木の根元を切った痕跡があり、倒木をよけ切れなかった模様。
長谷川さんは1967年世界選手権ストックホルム大会で優勝をするなど、60年代から70年代にかけ、卓球ニッポンのエースとして活躍。世界選手権で獲得した金メダルは5個、アジア大会では20個。全日本選手権ではシングルスを6度制した。伊藤繁雄氏、河野満氏らとしのぎを削り、世界のトップの地位を守った。
第一線を退いた後も各地で講演活動を行い、自宅裏には卓球場を建設するなど精力的に活動。事故の前日の6日には、群馬県民体育大会桐生市大会に出場、シニアの部で優勝。夜には祝勝会も開かれていただけに、関係者は突然の悲報に言葉を失った。
長谷川さんの通夜は8日午後6時から、葬儀・告別式は9日正午から、いずれも群馬県桐生市広沢町5の4746の5、桐生広域斎場で。自宅は同市川内町4の532の1。喪主は長男・幸弘氏。
◆長谷川 信彦(はせがわ・のぶひこ)1947年3月5日、愛知・瀬戸市生まれ。67年世界選手権ストックホルム大会で男子シングルス、同団体で優勝。国内外で数々のタイトルを獲得し、92年から桐生市で卓球の普及活動に努めていた。家族は純子夫人(56)と1男。

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長谷川さんは1967年世界選手権ストックホルム大会で優勝をするなど、60年代から70年代にかけ、卓球ニッポンのエースとして活躍。世界選手権で獲得した金メダルは5個、アジア大会では20個。全日本選手権ではシングルスを6度制した。伊藤繁雄氏、河野満氏らとしのぎを削り、世界のトップの地位を守った。
第一線を退いた後も各地で講演活動を行い、自宅裏には卓球場を建設するなど精力的に活動。事故の前日の6日には、群馬県民体育大会桐生市大会に出場、シニアの部で優勝。夜には祝勝会も開かれていただけに、関係者は突然の悲報に言葉を失った。
長谷川さんの通夜は8日午後6時から、葬儀・告別式は9日正午から、いずれも群馬県桐生市広沢町5の4746の5、桐生広域斎場で。自宅は同市川内町4の532の1。喪主は長男・幸弘氏。
◆長谷川 信彦(はせがわ・のぶひこ)1947年3月5日、愛知・瀬戸市生まれ。67年世界選手権ストックホルム大会で男子シングルス、同団体で優勝。国内外で数々のタイトルを獲得し、92年から桐生市で卓球の普及活動に努めていた。家族は純子夫人(56)と1男。

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